第四日目 3月6日(木)ニューオリンズ 曇りのち小雨
8:45ラスベガス発~ロスでニューオリンズ行きへ乗り換え。ついにやってきましたジャズの故郷ニューオリンズ。上空から見ると広大な湿地帯が広がり、川との境目がわからないようなところもあり水害に見舞われやすい地形だということがよくわかる。砂漠の街ラスベガスとはまったく様子の違った景色だ。16:15「ルイ・アームストロング・ニューオリンズ国際空港」着(このネーミングがまたぐっとくるね)。
宿泊先ホリデーイン・フレンチ・クウォーターは、目抜き通り=バーボン・ストリートから一本川側の落ち着いた骨董通りロイヤル・ストリートに構える、絶妙なロケーションの宿である。チェックイン後、さっそく全員そろって夕ご飯に繰り出す。庶民的なオイスター・バー「アクメ」で、旬の生ガキ、茹でザリガニ、ガンボ、ジャンバラヤ、レッドビーンズ&ライスなどを体験。噂にたがわずどれもウマい。とくに米入りのガンボスープの味はどこまでも深く、暖かく、胃袋の内側から旅の疲れを癒してくれる。

スパイシーなスープで茹でたザリガニ(Craw Fishes)。やっぱアメリカザリガニなのかな?
お腹がふくれたところで、今回の旅のメインディッシュとも言える、ニューオリンズジャズの殿堂「プリザベーション・ホール」を目指す。バーボンストリートはどの店も窓や扉を開け放してこれでもかというくらいの音量で演奏しているので、たいへんなやかましさだ。そのほとんどがロックやブルースでジャズなんてどこにも無い、なんてことは下調べしてあるわけだが、しかし想像以上の騒がしさ。まるで街中で学園祭をやってるみたいだ。
さて「プリザベーション・ホール」。ホールとは名ばかりのただの古びた倉庫だ、ということはガイドブックにも書いてあるが、それにしても偉そうなチケットもぎりあんちゃんに、薄暗く狭い室内に東京の満員電車よろしくすし詰めに押し込まれてしまった、それが当然だとでも言うように(これ真夏は大変だよな)。かるく閉所恐怖症ぎみ(笑)の僕はなんとか抜け出して廊下から演奏をのぞいていたが、あまりのクウォリティの低さに愕然とした。トランペットとスーザホン、小太鼓と大太鼓(ドラムセットでなく分担しているあたりは正しいニューオリンズスタイルだ)の各奏者はそれなりに立派な演奏をしていたが、トロンボーンは明らかに素人で(たぶん音階も吹けない、というかトロンボーン奏者ではないのでは)、中途半端にモダンなフレージングの白人のサックスプレーヤーは明らかにトラ(人数合わせの代役)、さらにコード楽器(ピアノまたはバンジョー)不在という、ジャズの殿堂にしてはあまりにもお粗末なセッションだ。それを世界中から来たジャズをよく知らない観光客がありがたがって拝聴しているという・・・。これはいただけない。そんなことわからずに楽しんでるんだからいいじゃない、という声もあるかもしれないが、「へぇ、ジャズってこんなのでいいんだ」と若者達に誤解される危険性もある。ハリケーン災害後、年老いた名手の多くが復帰できずにニューオリンズを去ったという噂を聞いているが、ひょっとしたらそのしわ寄せなのか。

プリザベーション・ホール、小雨にもめげず入場待ちをする一行
僕はぶ然としてプリザベーションホールを後にして、バーボンストリートの角まで行くと、ごきげんなトランペットの演奏が耳に飛び込んできた。ニューオリンズの人気実力派トランペット奏者ジャミル・シャリフが、角の店「メゾン・バーボン」で吹いていた。周りの喧噪に負けじと扉を開放し、スピーカーで外に向けてガンガン出しているので、通りに立っていくらでもタダ聴きできてしまう。しばらく彼の見事なプレイと歌を楽しんでいたのだが、ドンシャリのすごい音量のPAに耐えられなくなって、そこからも立ち去った。
あこがれの街ニューオリンズにいる喜びと、肝心の音楽に裏切られた思いとで悶々とした心を、ウイスキーの酔いでごまかして眠りについた。
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